ナガタ源平合戦〜3〜

文化祭の出し物には、大まかにクラス出展と部活出店とがある。クラスの方に関しては、一年は展示、二年は出し物、三年は屋台という風に振り分けられ、僕たちの代の展示の題材は顔出しパネルであった。

文化祭当日の何週間か前からパネルの製作は始まり、何をモチーフにするかや材料をどうするかなどが話し合われた。その年度の文化祭自体のテーマが「Once upon a time」であったため、三組のパネルのモチーフはシンデレラに決定し、放課後に使うから絵具を持ってくるようにとのお達しが全体に届いた。そしていつの間に作ったのかは分からないが、女子の中の誰かが書いたに違いない構図を拡大模写し、段ボールに塗色する作業が始まった。生まれつきそういう行事ごとやクラス単位の何かしらに積極性のない僕が、女子が中心となって行うパネル作りに近付ける訳もなく、間部と一緒に教室の後方、壁際に寄せられた机の上に尻を置いてほとぼりが冷めるのを待つという数日間は、なかなかの地獄であった。男子の多くはそうであったと思うが、その例に漏れず僕も間部も絵具は持参して来なかった。無用の長物にも程がある。

 

文化祭に向けての労を一切払わなかった僕には、当日までの日々は平穏平坦、ほとんど記憶にも残らない生活を送っていた。とはいえ初めての文化祭、そして一応日本男児、お祭り騒ぎには血が踊る。当初僕を怯えさせた垂れ幕も赤、黒、白、黄、鮮やかに彩られ、入り口と中庭で生徒たちの気分を高揚させていた。

校舎内にはお化け屋敷や喫茶店、講堂のステージでは演劇部や吹奏楽部の演目が目白押し、茶華道部は茶を点て生け花を飾り、家庭部は手作りのクッキーを売っている。中庭では三年生たちの出店が肩を並べ、焼き鳥ワッフルたこせんべい、こだわりの看板は立体的平面的、また山岳部のカレーや水泳部の揚げアイスなどは部の伝統として受け継がれているそうである。出店の立ち並ぶ中に設置されているのは、屋外ステージだ。書道部によるパフォーマンスやバンド演奏、文化祭スタッフによる多種多様な企画がここで行われる。

初めて目の当たりにした文化祭の活況に、僕は目を見張り「さすが」の一言をこぼさざるを得なかった。校内マップやステージスケジュールが記載された小冊子を片手に、間部とともにウロウロする。お化け屋敷やジェットコースターといったところは飾り付けもそれらしく派手にしてあり、人が集まりやすく行列ができている。間部と僕は「すげえな」「上手いな」の言葉とともに、その前を通り過ぎて他の店へ向かった。

祭りの熱気に当てられ早々に癒しを求めた僕らは、茶華道部のお点前が癒されそうだと南棟二階へ足を向ける。色とりどりの浴衣姿に抹茶の香り、ディスプレイの和傘。畳の敷かれたお座敷に一瞬気後れを感じたが、えいやと畳にあぐらをかく。「こしあん」「つぶあん」「白みそ」の三種類から選べる柏餅は、僕は白みそ、間部はこしあんを選択した。白みそ餡の柏餅など初めて口にした僕は、その絶妙な塩味とそれにより引き立てられた甘味に驚愕し、深い味わいのお抹茶とともに美味美味と食した。間部も美味しそうに食べていたが、抹茶を運んできてくれた浴衣姿の女の子に気を取られていることが丸分かりであった。女子などには毛頭興味がない男だと思っていたため、見過ぎだぞとからかうと、あれは自分の姉だとのたまった。何だって、きちんと見ておけば良かったと間部の姉の姿を探すも、裏方へ引っ込んでしまったようであり、僕らの滞在時に出て来ることはもうなかった。

 

そのあとは、講堂のステージを暗幕をかき分け覗いたり、出店の焼き鳥を買って食べたりした。五月の只中、店から立ち上る煙とも相まって、かなり暑い一日である。

 

さあ次はどうしようかとマップを二人で見ていると、三組の女子数人がこちらへ向かって駆けて来た。どうしたんだろうと他人事のように眺めていると、何と間部に用があったらしく、思いがけず話し掛けてきた。

「ねえ間部くん、今から時間あったりする!?」

文化祭だからであろう、白いレースのついたトップスに短パンという夏らしい爽やかさで、授業日よりも気合を入れたらしい山中が間部に尋ねる。

「まあ、ないことはないけど、俺こいつと…」

と、彼はちらりと僕を見る。山中もこちらに顔を向け、耳についたイヤリングがキラリと揺れた。

「いや、僕はいいから、行ってこいよ」

流石に空気を読まねばならんと、紳士らしく進んで僕は身を引いた。間部は軽く眉間に皺を寄せたのち、

「そうなん?ていうか何用?」

と山中たちに尋ねた。そんなもの一つしかないだろうと、僕は間部の無神経さにため息をつきそうになったが、

「山本君の代わりに出て欲しいんだよね、女装コンテスト。なんか体調悪くなっちゃったらしくて…」

との答えには、驚きを隠せなかった。

「間部君色白いしスタイルいいし、結構似合うと思うんだよね、浴衣。うちら的には山本君の次に候補だったから、できればお願いしたいなって言ってて…」

そう続ける山中や、後ろでウンウンと頷く女の子たちに対して、

「ごめん、俺、ちょっとそういうのは無理だわ。トイレ行って来る」

と表情すら変えず言い切り、無残にも俺と彼らを残して間部は一人立ち去っていった。俺と彼女たちの間には、暖かい日差しにも関わらず寒々しい風が吹き、華やかな文化祭においてこの一角だけブラックホールに飲み込まれたような感覚に陥った。

「…や、なんかごめん。…ほらあいつさ、顔だけは良いけど割と唯我独尊みたいな所が結構あるからさ、」

と何故か僕が必死になってあのクソ野郎のフォローをしていると、彼女たちは顔を寄せ合いヒソヒソと話し合いを始めた。

「どうする、もう時間ないよね…」

「流石に棄権とかはまずいかも」

「有武君は?意外といけるんじゃない」

「確かに。小柄だし華奢だし、顔薄いからまあ見れるくらいにはなりそう」

「もう良いかな、有武君で」

「良いよ」

話し合いは終わった。僕は一も二もなく、人気のないどこぞの教室に連行された。