ナガタ源平合戦〜4〜

 

 誰もいない教室に女子に連れ込まれるなど、一生のうちに一度あるかないかという所だろうが、こんなにも嬉しくない所為があるだろうか。「見ないからTシャツになって短パン履いて」と言われるがままに身に付け、上からピンクの花模様の浴衣を被せられる。また顔にも手を出され白いクリーム状のものを塗られると、丸いパフで粉を叩かれ始めた。何だこれと流石に抵抗しようとすると、「口開かないで」と言い放たれ、僕はすべての権利を奪われた状態になった。

 一時間後、僕は屋外ステージの上に、男装女装コンテスト三組代表として三宅さんと立っていた。三宅さんは僕より背は低いものの、イケメンと形容するにふさわしく、黄色い歓声にも楽しむように応えている。対して僕は、即席に選ばれ即席に体裁を整えられた女装っぷり。はじめに鏡を見た時は、なかなか良いところまで行くんじゃないかと思ったものの、準備と心構えの出来た他クラスの面々と比べると風采は上がり切らないなという印象であった。ステージの上からニヤリと笑う間部と目があった時、僕の表情筋は完全に引きつり、同時に彼のスマホのシャッターがパシャりと音を立てていた。ここで、僕のコンテストでの記憶は途切れた。

 コンテストの結果は投票で行われ、明日の閉会式で発表だという。終了後ステージから降り、すぐさま浴衣を脱ぎ捨て顔を洗った。たった一時間前に着ていた自分の服に、少しの違和感を感じていることにはびっくりしたが、すぐに心の安定を取り戻し一息ついた。ステージ上の熱気を思い出しながら、想像もしていなかった展開に、もしや夢だったんじゃないかと思うほどである。気疲れに、椅子に座ったままぼんやりと空を見つめる。誰もいない教室は薄暗く、窓から差す日は白々としていた。よし、帰ろう、と思った。

 二日目の文化祭は、もういいかなと思って行かなかった。親が行きたいと言っていたので、「すごい完成度だし、行ってきたら」と伝えると、弟を連れて出て行った。「あんたって子は、本当にそういう行事にはノリ悪いんだから」と言われ、ステージに立ったなんて言ったら驚くだろうなと思ったが、黙っておいた。

 

 週明けに登校すると、文化祭などなかったかのように平常運転の毎日が始まった。あのお祭り騒ぎが跡形もなく消えてしまった、と少しのさみしさを感じていると、「男装女装コンテスト・投票結果」の張り紙がしてあり、こんなところに片鱗を残さんでもと頭が痛くなった。女装一位は三年の岡田という先輩であり、三位までの欄に僕の名前はなかった。男装一位のところには、二年・間部花梨の名前がある。まさかと傍らにいた奴に尋ねると、「うん、それうちの姉だわ」とのたまった。